【大相撲】「横綱土俵入り」とは?型や起源など詳しく解説!

2020年1月6日

大相撲の最高位・横綱の土俵入りは、他の番付の力士とは違い迫力満点。その歴史を感じさせる華麗な所作は、見る者の目を奪います。

当記事では、「横綱土俵入り」について詳しく解説しています。その起源などについても触れているので気になる方はどうぞ寄ってってください!

「横綱土俵入り」とは?

横綱土俵入りは、幕内力士の土俵入りの後に行われる1つの儀式で、「出数入り(でずいり)」ともいわれます。本場所中だと午後4時くらいに行われるので、ちょうどTV中継の開始と同時によく見られます。

横綱土俵入りでは、全ての横綱が1人ずつ土俵に上がって華麗な所作を披露し、四股を踏むと同時に「よいしょー!」という観客の掛け声も1つのポイントです。また、このとき横綱は「露払い」、「太刀持ち」の2人の力士を引き連れて土俵に上がり、所作にも「雲竜型」と「不知火型」の2種類の型が存在します。

「露払い」と「太刀持ち」

横綱が従える「露払い」と「太刀持ち」は、「露払い」は横綱を先導し、「太刀持ち」は外敵からの警護をする役割を果たしています。

記事:【大相撲】「露払い」・「太刀持ち」とは?役目や選ばれる力士、起源など詳しく解説!

「雲竜型」と「不知火型」

横綱は、「雲竜型」と「不知火型」の2種類所作のどちらかを選んで土俵入りをします。(原則、1度決めたら2度と変更することはできない。)

型は、「雲竜型」が“守り”を意味するのに対し、「不知火型」は“攻め”を意味しています。現在までに選ばれている型の割合は、圧倒的に「雲竜型」が多く、かつては「不知火型」を選んだ力士は大成できないと言われていました。

記事:横綱の土俵入りの型 「雲竜型」と「不知火型」って何?

元々は四股を踏むだけだった

横綱土俵入りは、1789年に初めて横綱の免許取得した谷風梶之助と小野川北三郎が、化粧廻しをつけたその日に四股を披露したのが始まりとされています。いわゆる「綱打ち式」に相当するもの。

ですから、横綱土俵入りが始まった当初は、「雲竜型」や「不知火型」といった型はなく、「露払い」、「太刀持ち」といった力士を従えていたわけでもありません。ちなみに「露払い」、「太刀持ち」といった力士を従えるようになったのは、現在では天保年間(1830~1844)以降といわれています。

また、より詳しく見ていくと、実は型もいくつかのバリエーションが存在することが確認でき、現在の土俵入りに至るまでには様々な試行錯誤があったことが伺えます。

参考文献:日本相撲大鑑大相撲手帳

総括

横綱土俵入りは、「出数入り(でずいり)」とも呼ばれ、横綱は「露払い」と「太刀持ち」を引き連れて土俵に上がります。土俵では、「雲竜型」と「不知火型」の2つの所作どちらかを披露します。また、横綱土俵入りは元々四股を踏むだけだったのが、後々になって現在のかたちへと変化しています。

現地での横綱土俵入りでは、「よいしょー!」と声掛けをしましょう!