軍隊経験のあった4人の横綱たち


 歴代横綱の中には軍隊へ入隊した過去をもつ力士がいます。自ら志願して入隊した力士もいれば、入隊させられたことで、後に引退せざるを得ない状況に追いやられた力士もいます。激闘の時代を駆け抜けた4人の横綱を紹介します。

18代横綱・大砲万右エ門(1869年~1918年)

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出典:Wikimedia Commons

 当時としては破格の身長197㎝(所説あり)もあった大砲。1902年5月場所を終えた後、自ら志願して陸軍の砲兵に入隊した。現役の横綱として軍隊へ入隊したのは後にも先にも大砲のみ。1903年5月場所から3場所休場しており、帰省後には持病のリューマチを悪化させた。

42代横綱・鏡里喜代治(1923年~2004年)

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 鏡里は双葉山相撲道場へ移籍直後の1944年9月に応召されて、弘前第69連隊へ入隊。エピソードとして、入隊した当時に師匠であった双葉山が東富士に敗れたことをラジオで聞き、このころから東冨士を倒すことを目標に掲げた。そして、1949年10月場所に東富士を破り2個目の金星を挙げた。

↓鏡里について詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。

43代横綱・吉葉山潤之輔(1920年~1977年)

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 1942年5月場所で幕下優勝し、十両昇進を目前に控えたころに応召を受けて軍隊へ入隊。6年もの期間を戦地で過ごしている。さらに不幸なことにこの間に2発の銃弾を受けており、1発が貫通、もう1発が体内に残ってしまい、後の取り口に影響を及ぼした。

 復員してからは、順調に出世していき1954年1月場所で全勝優勝して横綱昇進を決めた。優勝パレードは「雪の全勝行進」といわれ大相撲史上最高のパレードと目されている。

↓吉葉山について詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。

44代横綱・栃錦清隆(1925年~1990年)

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 若乃花とともに「栃若時代」と呼ばれる一つの時代を築いた栃錦もまた、軍隊へ入隊した経験をもつ。入隊は十両に昇進したばかりの1944年5月場所後。その後は、終戦するまで軍隊生活を送っている。1945年11月場所に復帰した。生涯のライバル若乃花とは数々の激闘を繰り広げ、最終的に19勝15敗で栃錦が勝ち越しを決めている。

↓栃錦について詳しく知りたい方は以下の記事もご覧ください。
「栃若時代!44代横綱・栃錦清隆はライバル若乃花と時代を築く!」


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