40代横綱・東富士欽壹は引退後にプロレスラーに転身!?


 40代横綱・東富士欽壹は東京出身の江戸っ子横綱です。また、横綱から初めてプロレスラーへと転身した力士でもあります。その転身後の東富士についても詳しく説明しています。興味のある方はどうぞ寄ってって下さい。

40代横綱・東富士欽壹は新横綱で優勝!

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出典:Wikimedia Commons

 40代横綱である東富士欽壹は東京都出身の力士。主に1940年代から1950年初頭にかけて活躍しています。現役時代は、身長が178cmながらも体重は170kgを超える巨体で、“怒涛の寄り”ともいわれた素早い取組が持ち味でした。

 大関時代は、後にプロレスラーに転身して一世を風靡した力道山とも土俵で対戦しています。そして、1948年秋場所において増位山大志郎に本割・優勝決定戦ともに敗れるも、前5月場所(優勝)と同じく10勝1敗と好成績を収めたことが認められて横綱へと昇格しています。

 横綱となった直後に行われた1949年初場所では、10勝2敗1分の成績で優勝します。この新横綱としての優勝は双葉山以来の快挙でした。横綱になってからは最終的に5度の優勝を果たし、1954年秋場所を終えた後に引退しています。

引退後はプロレスラーになるも…

 東富士は力士からプロレスラーへ転身して成功を収めた力道山のあとを追うように、自身もまた引退した翌年1955年にプロレスラーへと転身しています。当時はプロレスラーへと転身する力士が多かったのですが、横綱からプロレスラーへと転身したのは東富士が初となりました。

 東富士は、力道山と仲がよかったこともありはデビューしてすぐにタッグを組んで試合出場しています。また、1956年10月にはウェイト別日本選手権で日本ヘビー級王者のタイトルを獲得。しかし、力道山の脇役という立場を拭うことができず結局1959年1月には引退してしまいます。力士時代とは完全に立場が逆転した皮肉な結果といえるでしょう。


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