北の富士対玉の海~玉の海最後の全勝優勝~(1971年7月場所千秋楽)


 1971年7月場所は27歳という余りにも早い死を迎えた横綱・玉の海が最後に優勝した場所。玉の海は14日目で優勝を決めるも、最後の千秋楽ではライバル北の富士とあたり名勝負を繰り広げた。北の富士に続き、玉の海も全勝優勝を果たし今後の時代を予感させた場所となっている。

1971年7月場所あらまし

 当時は北の富士、玉の海の両力士が1970年3月場所において横綱同時昇進を果たし、まだほんの1年4か月を過ぎたばかりのころ。7月場所までに北の富士は6回優勝、玉の海は5回とほぼ同じ。今後しばらくは、このライバル二横綱が「北玉時代」として時代を席巻することを誰もが信じて疑わなかった。

 前回5月場所では北の富士が初の全勝優勝しており、次いで玉の海、大関・清國(きよくに)が13勝2敗で場所を終えている。当然ながら翌7月場所でも、優勝候補には北の富士、玉の海が挙げられた。

玉の海は全勝優勝!北の富士はまさかの失速!?

 先場所に引き続き連覇の期待がかけられ、優勝大本命と目された北の富士だったが、初日に小結・高見山からまさかの黒星。翌2日目以降からなんとか3連勝するも、続く貴ノ花、前の山に連敗してしまい中日を終えるころには5勝3敗と優勝争いから大きく遠のいた。結局、北の富士は、千秋楽で8勝7敗と勝ち越しこそするも、横綱らしからぬ良くない成績で場所を終えている。

 一方、玉の海は先場所のお返しといわんばかりに破竹の快進撃を繰り広げ、中日を終えても未だ負けなし8戦全勝を飾っていた。

 中日までに全勝した力士は玉の海のみだったが、次いで大関・大麒麟が7勝1勝としていたため玉の海の独走とはなっていない。だが、その大麒麟も11日目に琴桜に敗れてしまう。

 そして、14日目に大麒麟との取組でも勝利を収めた玉の海は、千秋楽を待たずして自身6度目となる優勝を果たした。

千秋楽は北の富士対玉の海のライバル対決!

 千秋楽を待たずして優勝を決めた玉の海だったが、千秋楽は同じ横綱かつライバルであり、そして親友でもあった北の富士との取組となった。幾度となく繰り広げられたライバル対決は、この場所でも観るものを唸らせる名勝負を繰り広げた。ちなみにこの取組までに両者の対戦成績は北の富士が21勝、玉の海が20勝と北の富士が1勝リードしている。

 両者立ち合いから激しい突っ張り合いとなり、玉の海が左でのど輪を決めにかかる。北の富士もそれをかわし、右上手をガッチリつんで左四つの態勢となる。そのまま膠着状態が続き、北の富士のまわしが緩んで一時中断。再開直後、北の富士が一気に寄り切ろうとするも、玉の海はこらえて再び中央へ。今度は反対に玉の海が一気に土俵際まで詰め寄り、北の富士に寄り切りを決めた。これにより玉の海は、自身初となる全勝優勝を果たすかたちとなった。

 北の富士が全勝優勝した翌場所で、今度は玉の海が全勝優勝。さらに両横綱の優勝回数、対戦成績も考えても、この先の時代を予感させるに十二分な場所だった。しかし、その期待も玉の海が翌9月場所を最後に27歳という余りにも早すぎる死を迎えてしまい、もろくも崩れ去った。

 玉の海の最初で最後の全勝優勝、それがこの7月場所である。

関連作品
「大相撲の見かた (平凡社新書)」

1971年7月場所:横綱・玉の海15勝0敗(優勝)

































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