千代の富士対貴花田(貴乃花)~昭和から平成へ~(1991年5月場所)


 1991年5月場所は後の貴乃花となる貴花田が、千代の富士から初金星を上げた場所だ。この金星は、18歳9ヶ月で上げた史上最年少の金星にもなっている。そして、この場所を最後に千代の富士は引退しており、この場所を境に大相撲の時代も昭和から平成へと移っていったといえよう。また、他にも千代の富士の引退秘話などについても取り上げている。歴史的名勝負といえる千代の富士対貴乃花は是非とも知っておきたいところだ。

1991年5月場所あらまし

 この場所こそ時代が昭和から平成へと移りゆく一つのターニングポイントだった、この時代を知る大相撲ファンなら誰しもがこう言うはずだ。

 1991年夏場所は、貴乃花がまだ四股名を貴花田としていたときだ。貴花田は5月場所までに、番付を一気に西前頭筆頭にまで上げてノリに乗っていた。この時まだ18歳と9カ月。

 そして、5月場所初日に貴花田があいまみえることになったのは、なんと横綱・千代の富士。千代の富士と言えば、その鋼の肉体を武器にウルフの愛称で親しまれ、通算1045勝という大記録も打ち立てた押しも押されぬ大横綱だ。

貴乃花は史上最年少の金星!千代の富士は引退へ…

 当たり前だが、取組前の予想はまず間違いなく千代の富士が勝つと考えられていた。だが全く懸念がなかったわけでなく、左腕を痛めていた千代の富士は先場所を全休場していた。ただ、この取組に関しては、後のインタビューでも「まだまだ早いぞもっと稽古してこいそれが横綱の使命」と千代の富士が答えており、負ける気など微塵もなかったことが分かる。

 迎えた5月場所初日では、取組前から場内は既に大歓声となっていた。取組は立ち合いから千代の富士は左上手を取ろうとするも、貴花田の態勢が低くて取れず、反対に貴乃花が右を差そうという態勢。そして、最後は貴花田が左上手を取ろうしたのを嫌った千代の富士が動き回った結果、貴花田が寄り切って初金星を上げた。さらに、この貴花田の初金星は18歳9か月に挙げた金星として史上最年少金星ともなった。

 最終的にこの場所で優勝を収めたのは、勝った貴花田でも千代の富士でもなく横綱・旭富士となった。旭富士は14勝1敗で千秋楽を終えて優勝決定戦に進み、決定戦では大関・小錦との取組を制している。

 また、この場所三日目で貴闘力に敗れた千代の富士はその後休場しており、そのまま引退となった。よく千代の富士の引退は貴花田に敗れたからと言われているが、本人よると貴花田に負けた時は全くその気はなく、実際のところ貴闘力に敗れたときに尻もちをついたから、と語っている。

 真意はさておき、5月場所を終えた後に貴乃花となる貴花田は、兄・若乃花とともに空前の若貴ブームを巻き起こす。この貴花田対千代の富士は、まさに大相撲の時代が昭和から平成へと移り変わった瞬間である。

1991年5月場所 西前頭筆頭・貴花田9勝6敗





























同場所 横綱・千代の富士1勝3敗









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