貴乃花対武蔵丸~“鬼の形相”貴乃花最後の賜杯~(2001年5月場所)


 「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」、これは当時の首相・小泉純一郎が5月場所で優勝した貴乃花に放った言葉だ。現在でも語り継がれている名台詞であり、筆者も強く印象に残っている。ただ、首相からこのフレーズを出させた張本人・貴乃花は、優勝決定戦となった武蔵丸との取組の最後に、“鬼の形相”を見せつけて、そのフレーズ以上の衝撃を与えている。まさに奇跡と呼ぶ相応しいこの一番は、大相撲ファンなら必ず知っておきたいところだ。

2001年5月場所あらまし

 平成の大横綱と謳われた貴乃花も2000年に差し掛かる頃には、その年に一度も優勝することなく、その勢いが下火に向かっていた。その最たる原因は、左肩骨折、左手上腕二頭筋断裂といった相次ぐ怪我だ。横綱として約6年間、猛者を相手に土俵へ立ち続けた貴乃花の身体は既に限界に達しようとしていた。

 しかし、2001年初場所で実に2年ぶりとなる優勝を飾った貴乃花は、翌春場所でも12勝3敗と好成績を収めた。いうなれば、貴乃花が怪我を乗り越え以前の強さを取り戻しつつある、2001年5月場所とは皆にそういう期待を持たせた場所だったといえよう。

貴乃花は13連勝するも…

 場所が始まると、その期待に応えるかのように貴乃花は初日から連勝を重ねまくる。おそらくこの時点だとほとんどの人が前回に引き続き今場所もイケるぞ!と思い、さもすれば強い貴乃花が戻ってきた、再び我々を楽しませてくれると期待していたと予想出来る。

 その後も貴乃花の勢いは止まらず気づいたら13連勝しており、いまだ無敗という状態だった。最大のライバルと目された横綱・武蔵丸もこの日までに11勝2敗としていたので、貴乃花の優勝は目前かと思われていた。

 しかし、悲劇は14日目に起こる。勝てば優勝が決まるこの日の相手は、大関・武双山。決して楽な相手ではないが、今場所の貴乃花の調子を考えればまず負けることは考えられない。

 ところが、立ち合いから貴乃花が突っ込むも武双山も負けじとこらえ、最後は武双山が巻き落としで、貴乃花はまさかの敗北を喫してしまう。だが、それ以上に深刻だったのが、最後土俵に倒れた際に貴乃花は右膝を痛めてしまい、歩くこともままならない状態となってしまったことだ。

 優勝まであと一歩だった貴乃花は、一変して窮地に立たされることになり、怪我の状態は想像以上に酷く、翌日の千秋楽はまず間違いなく貴乃花の休場と思われた。

優勝決定戦で奇跡の優勝!貴乃花対武蔵丸

 千秋楽は休場必至と目された貴乃花であったが、武蔵丸が14日目に勝ったことが怪我以上にこたえたのか翌日、貴乃花は強行出場に踏み切った。仮に千秋楽で貴乃花が休場ともなれば、必然的に武蔵丸が優勝となるからだ。

 決死の覚悟で千秋楽に出場した貴乃花であったが、本割では武蔵丸のはたき一発で貴乃花は軽くのされてしまう。その様子は、見ている側にも痛々しく感じられるほどだ。

その後、優勝決定戦となり再度貴乃花対武蔵丸が組まれるになる。周囲の心配をよそに貴乃花は、「大丈夫です。」と即答。武蔵丸が花道から出てきて、遅れること5分。右膝の痛みを必死にこらえて貴乃花もまた、土俵へと向かった。

 両雄土俵へ立つも既に勝ち負けが見えている一番にみえたが、よもやの事態が起こる。貴乃花が立ち合いからまるで別人のように息を吹き替えしたのだ。貴乃花は、武蔵丸に強烈な平手を見舞った後にすぐさま左の上手をもぎ取る。そのまま右四つになるも貴乃花がすぐさま右手を引き寄せるようにして、最後は武蔵丸を上手投げで土俵に叩き付けていた。そして、叩き付けた際には、貴乃花の顔が見るものを圧巻させる“鬼の形相”と化していた。

 この奇跡ともいえる勝利に観衆は狂喜乱舞し日本中が感動の渦に巻き込まれた。そして、これが貴乃花最後の優勝にもなった。平成の大横綱・貴乃花を支えていたもの、それは類稀なる強靭な意志だったといえる。

関連作品
20015月場所:横綱・貴乃花132敗(優勝)

































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